今回は最近感じた『見えていないからこそ』というテーマです。
早速本題です。
「惜しいなぁ…」と感じた話
先日、預けていた児童会館に息子を迎えに行ったときのこと。
最終時間ギリギリに迎えに行ったので、うちの息子が最後の一人でした。
教室の中で帰りの準備をしている息子。
それを後ろから見守る先生。
そして息子が準備を終えて教室から出てくるのを廊下で待つ私。
という構図でした。
廊下越しに見ていて、息子の準備がそろそろ終わるかなぁというタイミングで、先生がおもいっきり大あくびをして眠たそうに…
そして、あくびが終わると顔をキリッと仕事モードに切り替えて私に子供を引き継いでくれました。
きっと先生からすると、子供にも私にも自分はみられていないと思っての大あくびだったのでしょう。
私はその光景を見ていて、「もうちょっとあくびを我慢していれば…。惜しいなぁ」と感じました。
(#ちなみに先生はとってもいい先生です。いつもありがとうございます!)
人間、誰にもみられていないと気持ちが緩むのはしょうがないところ。
日本人が一年で一番太りやすいのは1月なんだとか。
(#皆さんはどうですか?)
この理由を調べると、クリスマスやお正月でよく食べる時期、運動をする機会も減る、冬で代謝も下がるなどが挙げられていましたが、❝厚手の服を着ることでボディラインを意識しなくてすむから(人の目を気にする必要がなくなるから)❞という理由も大きいんじゃないかというのが私の仮説です。
また、暖かくなってきて雪解けが進む今の時期は、雪の下からいろいろなゴミが出てきて、一年の中で一番路面が汚い時期。
これも、雪が積もってゴミを拾えなかったのもあるでしょうが、「雪で隠れるから(誰にもばれないから)捨てちゃえ!」という心理が働いて、捨てる人も(量も)多くなっていたのも一因のはず。
視覚障がい者に関わる仕事
これらが気になるのは、視覚障がい者を対象にして24年間働いてきたからなのでしょう。
若かりし頃に、相手が見えていないことに甘えてしまった苦い経験がありました。
ある視覚障がい者の方と話していた時、私はスマホに目を向けながら❝真剣に聞いている風❞を装っていました。「相手は見えていないからばれないだろう」と…
すると、その視覚障がい者の方が、『あなたが本当に聞いてくれているかどうかは、目が見えなくてもわかるよ』とズバッと指摘されぐうの音も出ませんでした。
相手が見えていないことを利用している、そういう卑怯な自分がいることに気づかされた瞬間でした。
その人らしさとは?
「自分らしさって何?」と考えている人は多いかもしれません。
年度代わりで、そういったことを考える人も増える時期でしょう。
そう考えるときはたいてい、❝誰にもない自分だけの特徴❞を欲しがったり、探したりするものです。
でも、80億人以上いる世の中で、誰にもできない自分だけの特徴が見つかる人の方が稀ではないでしょうか?
むしろ、誰にでも出来ることを、誰にも見られていなくても、誰にも真似出来ないほどにちゃんとやることがその人らしさとなるというのが、今の私には価値観として強くなっています。
見えていないところでも丁寧にやる。
誰にでもできることをここまでやるかというくらい細部にこだわる。
これが出来る人がプロフェッショナルだなと思う今日この頃です。
今回は以上でした。
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